専門店に
「日本専門店会連盟機関紙」の2008年1月号に載せていただきました。
表紙は三谷さんの絵
■ シリーズ 活き活き商店街とまちづくり ■
温古知新をキーワードに中心街再生に取り組む
「新潟市・上古町商店街」 NPO法人まちづくり協会 三橋重昭
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1 新潟における上古町
2007年4月、新潟市は日本海側初の政令指定都市となった。市内人口は約82万人で市内には行政区が8つ誕生した。
新潟は江戸時代に信濃川河口に作られた湊町。町なかには堀が巡らされ、堀を通る舟によって運ばれるものや人で賑わっていた。
安政5年(1858年)の日米修好通商条約により、日本海側で唯一、横浜、神戸長崎、函館とともに開港5港のひとつに選ばれ、明治元年(1868年)外国船が出入りできる港として開港されている。
堀の縁には柳の木が植えられていたことから、今でも“柳都”と呼ばれているが、昭和39年の新潟国体に合わせ全て埋め立てられた。
交通渋滞解決等のために埋められた堀に、未練を持っている人は少なくない。古町通りは、新潟市の顔といえるところ。
新潟で一番歴史ある古い町ということから「古町」と呼ばれたといわれるが、新潟の中心市街地の真ん中に位置し、市役所・白山神社側の1番町から信濃川河口に向い13番町まであり、全長1,880m。そのほぼ中間の5・6・7番町が新潟市繁華街の中心。
今回、新潟商工会議所にお伺いすると、今新潟で一番注目されるところは、これまでさほど目立たなかった、1番町から4番町にかけての上古町だと言う。
上古町商店街振興組合は、2006年3月に設立された。
振興組合の理事長は、明治4年創業の和菓子専門店「金巻屋」3代目の金巻保男さん。専務理事は「百貨さかい」の酒井幸男さん。商店街をみると人通りは少なく、老朽化したアーケード、シャッターの下りた店も目立つ。よくある、いわゆる何もできないシャッター通り商店街といわれても仕方がないと思われるほど。 しかし、ここでは商店街の皆さんが熱い思いを持って、将来に向かってチャレンジしていることがどんどん分かってくる。
2 アーケードの全面改築
老朽化したアーケードの全面改築も基本設計は出来上がり、実施設計段階に入っている。同時に歩車道整備も行われる予定になっている。アーケード改築に至った経緯を酒井専務理事に伺った。「2003~2004年頃、古町2番町のアーケード老朽化が進んで、取り壊しアーケードない商店街にしようとして、取り壊しの見積もりをしたら、思ったより高額だった。 他の町内と相談をしたら、他の町内も同じような状況でした。その時「まちづくりの勉強会」と相前後して、上古町で「アーケードは必要か?」のアンケートを取りました。結果・アーケードが必要の方が大勢いて、それではアーケードを改築しようという流れになりました。 その後、新潟市・国からの補助事業で行えるかも知れないという事でどんどん進んできました。また昨年(2006年)は、アーケード設計者のプロポーザルを催し、昨年10月までは、「出来る?出来ない?」と迷っていました。今年も紆余曲折・山あり谷ありですが何とかアーケード・歩車道は改築できそうなポジションに到達しました」
3 「新潟市中心市街地活性化基本計画」素案での考え方
新潟市では、改正中心市街地活性化法に基づく「新潟市中心市街地活性化基本計画」の素案がまとまり、現在、市民へのパブリックコメント、中心市街地活性化協議会での内容協議の階から、今年度中の内閣総理大臣認定を目指している。基本計画の素案では、上古町を含む261ヘクタールを重点活性化地区として定め、上古町のアーケード、街路等の整備事業などが盛り込まれている。素案によれば、「新潟市の中心市街地における商業の現状は、平成6 年から平成14年にかけて年間小売販売額が約21%減少、また,市全域の小売販売額に占める中心市街地の割合も、平成6 年の約34%から平成14 年は約28%にまで落ち込んでいる。
中心市街地の歩行者通行量も旧基本計画を策定した平成12 年と比較すると、平成19年は約26%減少している現状である。これは,新潟市内の小売場面積1 万㎡以上の大規模小店舗(平成19 年9 月1 日現在届出25 店舗)のうち、約半数(12 店舗)が平成12 年以降に出店しており、その全てが中心市街地以外に立地していること等が要因として考えられる。
一方で,新潟県が実施した「平成16 年 中心市街地に関する県民意識調査」でみると65%の人が「中心市街地の活性化は必要である」と回答しており、中心市街地に望むこととしては、「買い物の利便性」や「商業施設や公共的施設の充実」が多く、不足しているものとしては、「商業機能の充実」が最も多くなっている。このことから商業機能に関してはニーズも多く、中心市街地の活性化を図るうえで重要な位置づけにあると考えられる。また、新潟市が平成17 年に実施した「新潟市古町地区の商業・消費動向にかかる実態調査」によると、商店街・商店の利用促進に必要なものとして、来街者・商業者ともに「そこでしか購入・飲食できないような商品」を上位で挙げている。このことからは、中心市街地商店街の活性化には,郊外型大規模小売店舗にはない、個別化した消費者ニーズに対応した個店の集積・魅力向上が必要であると考えられる」「上古町商店街は,新潟総鎮守白山神社と古町商店街中心部を結ぶ門前商店街として栄てきた。しかし、店舗の老朽化・商店主の高齢化とともに空き店舗が目立つようになり歩行者通行量の減少など、衰退している。そのため、まちの再生を図るべく、従来は別々に活動していた上古町の4つの商店街が団結して商店街振興組合を設立。当該商店街は、芸術文化会館、県民会館、白山公園等の集客性のある公共文化施設エリアと、百貨店等を擁し広域からの集客力がある商業エリアをつなぐ重要な商店街であり、各事業の実施により、両地区を結ぶこと、多くの来街者が当該商店街へ流れるようにすることが必要という考えに至った。消費者・一般住民を含めたワークショップ等を開催し現状把握に努めた結果、狭い歩道幅、及びそれを覆っているアーケードの古くて暗い形状が商店街のイメージをダウンさせているという意見が大半を占た。
これらのことから、「楽しく歩ける」環境を整備し来街者の増加を図ることを目標に、具体的取組として、歩車道の幅員変更等による街路整備(新潟市が実施)と併せ、旧アーケードを撤し、歩道幅を十分に取り景観や照明に配慮した明るいアーケードを再整備するとともに、商店街の街歩きをサポートするための、街の案内人の設置やベロタクシー(人力タクシー)の実施により、公益文化・商業エリア両方からの誘因効果を高めることとした」
4 上古町まちづくり推進協議会の設立
「新潟市中心市街地活性化基本計画」において重要な位置づけをされている上古町。しかしそのためには、自ら立ち上がろうとする懸命な努力があった。「まちづくりの勉強会」は、(財)ニューにいがた振興機構支援の支援も受け、現・NPO法人まちづくり学校と協働しながら行われた。その時に「上古町まちづくり推進協議会」が設立された。協議会のメンバーは、1~4番町から各3名、合計12名、会長には金巻現理事長が就任た。まちづくり研修旅行で、福島県会津七日町に行き、大いに力付けられ、その時に将来は1~4番町で商店街振興組合を立ち上げ、いろいろな活動を催す商店街にしたい、また街の景観を考え、老朽化したアーケードの改築・人に優しい歩車道の改築を推進していきたいという思いを募らせている。その実現の第一歩として行ったことが、1~4番町の統一ロゴ、CI(コミュニティ・アイデンティティ)の採用で、その時以来、古町1~4番町は、「上古町・カミフル・かみふるまち・Kamifurumachi」を使い始める。 カミフルのシンボルマークも、カミフルチャンネル、ホームページ、各種イベントを通じて定着してきている。また、新潟を自転車パラダイスに!を掲げる㈱サイクルシティにいがたは、ベロタクシーステーションを上古町に設置した。 同社の代表取締役は、NPO法人堀割再生まちづくり新潟の代表理事の川上伸一さん。川上さんたちは、堀に小舟を浮かべるごとく、道路にベロタクシーをと願っている。ベロタクシーとは、1997年にベルリンで開発された自転車のタクシー。
環境問題や地域経済の活性化のツールとして各方面から期待されている。
5 カミフルチャンネルの発行
協議会では、まず上古町を知ってもらうツール・情報地図の発行を試みる。製作は、2003年3月に上古町の空き店舗に開店した、デザインTシャツの専門店「ヒッコリー・スリー・トラベラーズ」の迫一成さんに依頼。ただの地図ではなく、大きさを十分に検討して手のサイズに決定、上古町及びその周辺を案内してくれるという「案内人」を顔写真入りで掲載、また個店の紹介などに特徴を持たせたている。この情報地図「カミフルチャンネル」は、2004年7月に第1号を発行2007年3月には第7号を1万部発行している。製作費は、1回当たり20万円弱。迫さんは、生まれ育ちは、九州の福岡で、大学は新潟大学出身。ラフィックデザイナーでもあり、作品展、アート企画なども数多く開催している。よそもの、若者の迫さんたちは、カミフルにとって大切なエネルギー源であり、逸材となっている。
6 まちづくり情報交流拠点「ワタミチ」
商店街の真ん中にある「酒販売 渡道」。後継者がなく閉店しオーナーが不動産屋に任せようとした時、商店街役員の斡旋で迫さんが借り、運営を行っている。同時に上古町商店街振興組合の事務局を「ワタミチ」においている。今、「ワタミチ」は、まちづくり情報交流・交歓拠点となっている。行っている事業は、「学ぶ+考える+カタチにする+伝える+繋がる+楽しい」をコンセプトにしたもので、様々な教室や各種作品展・ワークショップ、そして劇団・舞踏公演等も行れている。「ワタミチ」は、ガス、水道完備で、正方形の机と椅子が自由自在に動かせ、創造力をかき立ている空間構成になっている。新鮮で、美味しくて、安い新潟近郊で作られている農産物やその加工品の販売、そして来街客の休憩、団欒の場でもある。これら多彩な催しは、商店街や演劇等に縁のなかった人々を上古町に惹き付けている。
7 商店街の個性的なイベント
上古町でのイベントも盛んに行われるようになった。商店街の人たちが絵付けをした手作り灯ろうを並べ、夜を楽しむ「千灯まつり」、古町通りで楽しむ「上古町門前市」。いろんな飲食店を知ってもらうきっかけづくりとして、様々な飲食店の食券がたくさん入って500円!!の「かみふるまち食の福袋」等々だ。酒井さんは言う。基本的に参加自由の、ゆるーいイベントばかりですが、どうぞ皆さん長い歴史を持つ老舗と新しい個性的な店が混ざり並ぶ面白い地域。んな上古町(カミフルマチ)を楽しんでくださいと。
8 これからの「カミフル」
ここ上古町商店街では古い店舗の閉店も相次ぎまだ、空き店舗も少なくないが、そこに、若手のお店の出店が相次いでいる。「カミフルチャンネル第6号」によれば2006年4月から2007年1月までに14店が閉店し、11店が開店している。最近開店した店舗は、いずれも若い人がオーナーの店舗。アロハとロハスをコンセプトにしたアイランドスタイルの心地よい生活雑貨の店「KIWA HURA」、 70~80年代のアメリカの古着がたくさん揃っている 「smooth」、入口の横のガラスに並ぶキャンドルが印象的な洋服と雑貨のセレクトショップ「eveNIF」等々だ。若年層に人気のセレクトショップやカフェ、個性的な雑貨店から老舗菓子店の並ぶ商店街、そして上古町とその周辺の路地の空間や町屋の文化、歴史や風情を感じる魅力的な文化資産も多い。新潟の中心に位置し、立地環境には恵まれてる。酒井さんは、「まず自分達が住んでいる街を知り、愛する街をつくって行こうと思っています,私達は若い人たちと一緒になって、もっともっと外に向かってカミフルをアピールしようとしています。また「ホームラン」より、「ヒット」を持続して打つ事、そして人と人がつながって連鎖的な反応が起き、個と個の、人と人とのつながりをもっともっと大切にしていきたいと思います」と語ってくれた。金巻理事長は、商店街の基本精神は、「温・古・知・新」という。人に温かいまち、古きよきまち、心知り合うまち、新しいことにチャレンジするまちづくりは、ハート(協働の精神)、ソフト(イベント等実施)の段階から、ハード(インフラ・環境景観整備)の段階に入り、歴史ある新潟の新しい中心地に生れ変わろうとしている。
表紙は三谷さんの絵

■ シリーズ 活き活き商店街とまちづくり ■
温古知新をキーワードに中心街再生に取り組む
「新潟市・上古町商店街」 NPO法人まちづくり協会 三橋重昭
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1 新潟における上古町
2007年4月、新潟市は日本海側初の政令指定都市となった。市内人口は約82万人で市内には行政区が8つ誕生した。
新潟は江戸時代に信濃川河口に作られた湊町。町なかには堀が巡らされ、堀を通る舟によって運ばれるものや人で賑わっていた。
安政5年(1858年)の日米修好通商条約により、日本海側で唯一、横浜、神戸長崎、函館とともに開港5港のひとつに選ばれ、明治元年(1868年)外国船が出入りできる港として開港されている。
堀の縁には柳の木が植えられていたことから、今でも“柳都”と呼ばれているが、昭和39年の新潟国体に合わせ全て埋め立てられた。
交通渋滞解決等のために埋められた堀に、未練を持っている人は少なくない。古町通りは、新潟市の顔といえるところ。
新潟で一番歴史ある古い町ということから「古町」と呼ばれたといわれるが、新潟の中心市街地の真ん中に位置し、市役所・白山神社側の1番町から信濃川河口に向い13番町まであり、全長1,880m。そのほぼ中間の5・6・7番町が新潟市繁華街の中心。
今回、新潟商工会議所にお伺いすると、今新潟で一番注目されるところは、これまでさほど目立たなかった、1番町から4番町にかけての上古町だと言う。
上古町商店街振興組合は、2006年3月に設立された。
振興組合の理事長は、明治4年創業の和菓子専門店「金巻屋」3代目の金巻保男さん。専務理事は「百貨さかい」の酒井幸男さん。商店街をみると人通りは少なく、老朽化したアーケード、シャッターの下りた店も目立つ。よくある、いわゆる何もできないシャッター通り商店街といわれても仕方がないと思われるほど。 しかし、ここでは商店街の皆さんが熱い思いを持って、将来に向かってチャレンジしていることがどんどん分かってくる。
2 アーケードの全面改築
老朽化したアーケードの全面改築も基本設計は出来上がり、実施設計段階に入っている。同時に歩車道整備も行われる予定になっている。アーケード改築に至った経緯を酒井専務理事に伺った。「2003~2004年頃、古町2番町のアーケード老朽化が進んで、取り壊しアーケードない商店街にしようとして、取り壊しの見積もりをしたら、思ったより高額だった。 他の町内と相談をしたら、他の町内も同じような状況でした。その時「まちづくりの勉強会」と相前後して、上古町で「アーケードは必要か?」のアンケートを取りました。結果・アーケードが必要の方が大勢いて、それではアーケードを改築しようという流れになりました。 その後、新潟市・国からの補助事業で行えるかも知れないという事でどんどん進んできました。また昨年(2006年)は、アーケード設計者のプロポーザルを催し、昨年10月までは、「出来る?出来ない?」と迷っていました。今年も紆余曲折・山あり谷ありですが何とかアーケード・歩車道は改築できそうなポジションに到達しました」
3 「新潟市中心市街地活性化基本計画」素案での考え方
新潟市では、改正中心市街地活性化法に基づく「新潟市中心市街地活性化基本計画」の素案がまとまり、現在、市民へのパブリックコメント、中心市街地活性化協議会での内容協議の階から、今年度中の内閣総理大臣認定を目指している。基本計画の素案では、上古町を含む261ヘクタールを重点活性化地区として定め、上古町のアーケード、街路等の整備事業などが盛り込まれている。素案によれば、「新潟市の中心市街地における商業の現状は、平成6 年から平成14年にかけて年間小売販売額が約21%減少、また,市全域の小売販売額に占める中心市街地の割合も、平成6 年の約34%から平成14 年は約28%にまで落ち込んでいる。
中心市街地の歩行者通行量も旧基本計画を策定した平成12 年と比較すると、平成19年は約26%減少している現状である。これは,新潟市内の小売場面積1 万㎡以上の大規模小店舗(平成19 年9 月1 日現在届出25 店舗)のうち、約半数(12 店舗)が平成12 年以降に出店しており、その全てが中心市街地以外に立地していること等が要因として考えられる。
一方で,新潟県が実施した「平成16 年 中心市街地に関する県民意識調査」でみると65%の人が「中心市街地の活性化は必要である」と回答しており、中心市街地に望むこととしては、「買い物の利便性」や「商業施設や公共的施設の充実」が多く、不足しているものとしては、「商業機能の充実」が最も多くなっている。このことから商業機能に関してはニーズも多く、中心市街地の活性化を図るうえで重要な位置づけにあると考えられる。また、新潟市が平成17 年に実施した「新潟市古町地区の商業・消費動向にかかる実態調査」によると、商店街・商店の利用促進に必要なものとして、来街者・商業者ともに「そこでしか購入・飲食できないような商品」を上位で挙げている。このことからは、中心市街地商店街の活性化には,郊外型大規模小売店舗にはない、個別化した消費者ニーズに対応した個店の集積・魅力向上が必要であると考えられる」「上古町商店街は,新潟総鎮守白山神社と古町商店街中心部を結ぶ門前商店街として栄てきた。しかし、店舗の老朽化・商店主の高齢化とともに空き店舗が目立つようになり歩行者通行量の減少など、衰退している。そのため、まちの再生を図るべく、従来は別々に活動していた上古町の4つの商店街が団結して商店街振興組合を設立。当該商店街は、芸術文化会館、県民会館、白山公園等の集客性のある公共文化施設エリアと、百貨店等を擁し広域からの集客力がある商業エリアをつなぐ重要な商店街であり、各事業の実施により、両地区を結ぶこと、多くの来街者が当該商店街へ流れるようにすることが必要という考えに至った。消費者・一般住民を含めたワークショップ等を開催し現状把握に努めた結果、狭い歩道幅、及びそれを覆っているアーケードの古くて暗い形状が商店街のイメージをダウンさせているという意見が大半を占た。
これらのことから、「楽しく歩ける」環境を整備し来街者の増加を図ることを目標に、具体的取組として、歩車道の幅員変更等による街路整備(新潟市が実施)と併せ、旧アーケードを撤し、歩道幅を十分に取り景観や照明に配慮した明るいアーケードを再整備するとともに、商店街の街歩きをサポートするための、街の案内人の設置やベロタクシー(人力タクシー)の実施により、公益文化・商業エリア両方からの誘因効果を高めることとした」
4 上古町まちづくり推進協議会の設立
「新潟市中心市街地活性化基本計画」において重要な位置づけをされている上古町。しかしそのためには、自ら立ち上がろうとする懸命な努力があった。「まちづくりの勉強会」は、(財)ニューにいがた振興機構支援の支援も受け、現・NPO法人まちづくり学校と協働しながら行われた。その時に「上古町まちづくり推進協議会」が設立された。協議会のメンバーは、1~4番町から各3名、合計12名、会長には金巻現理事長が就任た。まちづくり研修旅行で、福島県会津七日町に行き、大いに力付けられ、その時に将来は1~4番町で商店街振興組合を立ち上げ、いろいろな活動を催す商店街にしたい、また街の景観を考え、老朽化したアーケードの改築・人に優しい歩車道の改築を推進していきたいという思いを募らせている。その実現の第一歩として行ったことが、1~4番町の統一ロゴ、CI(コミュニティ・アイデンティティ)の採用で、その時以来、古町1~4番町は、「上古町・カミフル・かみふるまち・Kamifurumachi」を使い始める。 カミフルのシンボルマークも、カミフルチャンネル、ホームページ、各種イベントを通じて定着してきている。また、新潟を自転車パラダイスに!を掲げる㈱サイクルシティにいがたは、ベロタクシーステーションを上古町に設置した。 同社の代表取締役は、NPO法人堀割再生まちづくり新潟の代表理事の川上伸一さん。川上さんたちは、堀に小舟を浮かべるごとく、道路にベロタクシーをと願っている。ベロタクシーとは、1997年にベルリンで開発された自転車のタクシー。
環境問題や地域経済の活性化のツールとして各方面から期待されている。
5 カミフルチャンネルの発行
協議会では、まず上古町を知ってもらうツール・情報地図の発行を試みる。製作は、2003年3月に上古町の空き店舗に開店した、デザインTシャツの専門店「ヒッコリー・スリー・トラベラーズ」の迫一成さんに依頼。ただの地図ではなく、大きさを十分に検討して手のサイズに決定、上古町及びその周辺を案内してくれるという「案内人」を顔写真入りで掲載、また個店の紹介などに特徴を持たせたている。この情報地図「カミフルチャンネル」は、2004年7月に第1号を発行2007年3月には第7号を1万部発行している。製作費は、1回当たり20万円弱。迫さんは、生まれ育ちは、九州の福岡で、大学は新潟大学出身。ラフィックデザイナーでもあり、作品展、アート企画なども数多く開催している。よそもの、若者の迫さんたちは、カミフルにとって大切なエネルギー源であり、逸材となっている。
6 まちづくり情報交流拠点「ワタミチ」
商店街の真ん中にある「酒販売 渡道」。後継者がなく閉店しオーナーが不動産屋に任せようとした時、商店街役員の斡旋で迫さんが借り、運営を行っている。同時に上古町商店街振興組合の事務局を「ワタミチ」においている。今、「ワタミチ」は、まちづくり情報交流・交歓拠点となっている。行っている事業は、「学ぶ+考える+カタチにする+伝える+繋がる+楽しい」をコンセプトにしたもので、様々な教室や各種作品展・ワークショップ、そして劇団・舞踏公演等も行れている。「ワタミチ」は、ガス、水道完備で、正方形の机と椅子が自由自在に動かせ、創造力をかき立ている空間構成になっている。新鮮で、美味しくて、安い新潟近郊で作られている農産物やその加工品の販売、そして来街客の休憩、団欒の場でもある。これら多彩な催しは、商店街や演劇等に縁のなかった人々を上古町に惹き付けている。
7 商店街の個性的なイベント
上古町でのイベントも盛んに行われるようになった。商店街の人たちが絵付けをした手作り灯ろうを並べ、夜を楽しむ「千灯まつり」、古町通りで楽しむ「上古町門前市」。いろんな飲食店を知ってもらうきっかけづくりとして、様々な飲食店の食券がたくさん入って500円!!の「かみふるまち食の福袋」等々だ。酒井さんは言う。基本的に参加自由の、ゆるーいイベントばかりですが、どうぞ皆さん長い歴史を持つ老舗と新しい個性的な店が混ざり並ぶ面白い地域。んな上古町(カミフルマチ)を楽しんでくださいと。
8 これからの「カミフル」
ここ上古町商店街では古い店舗の閉店も相次ぎまだ、空き店舗も少なくないが、そこに、若手のお店の出店が相次いでいる。「カミフルチャンネル第6号」によれば2006年4月から2007年1月までに14店が閉店し、11店が開店している。最近開店した店舗は、いずれも若い人がオーナーの店舗。アロハとロハスをコンセプトにしたアイランドスタイルの心地よい生活雑貨の店「KIWA HURA」、 70~80年代のアメリカの古着がたくさん揃っている 「smooth」、入口の横のガラスに並ぶキャンドルが印象的な洋服と雑貨のセレクトショップ「eveNIF」等々だ。若年層に人気のセレクトショップやカフェ、個性的な雑貨店から老舗菓子店の並ぶ商店街、そして上古町とその周辺の路地の空間や町屋の文化、歴史や風情を感じる魅力的な文化資産も多い。新潟の中心に位置し、立地環境には恵まれてる。酒井さんは、「まず自分達が住んでいる街を知り、愛する街をつくって行こうと思っています,私達は若い人たちと一緒になって、もっともっと外に向かってカミフルをアピールしようとしています。また「ホームラン」より、「ヒット」を持続して打つ事、そして人と人がつながって連鎖的な反応が起き、個と個の、人と人とのつながりをもっともっと大切にしていきたいと思います」と語ってくれた。金巻理事長は、商店街の基本精神は、「温・古・知・新」という。人に温かいまち、古きよきまち、心知り合うまち、新しいことにチャレンジするまちづくりは、ハート(協働の精神)、ソフト(イベント等実施)の段階から、ハード(インフラ・環境景観整備)の段階に入り、歴史ある新潟の新しい中心地に生れ変わろうとしている。
by sakaituu
| 2008-01-23 11:07
| 上古町の事